80歳でたどり着きたい~『夢をもって鍼灸やりましたね』

 

 2015年4月1日9時から、佐藤直史先生による第一回講習会が渋谷鍼灸治療院で行われました。参加者は5名。はり師、きゅう師、そしてあん摩マッサージ指圧師の国家資格を取得して現在渋谷区内で医療に携わる20代から30代の若手の先生たちです。

 佐藤先生は会の冒頭、自己紹介の中で医療との出会いについて語りました。

■医療の出会いは8際の時――西洋医学に救われた身体

「僕が医療に係わったのは8歳の時。交通事故に逢い、骨盤を粉砕骨折して、左大腿部をばらばらにして、内蔵破裂して入院しました。整形外科と外科手術で約5年間で17回の手術しました。そのうち2年間はずっと寝たきりの生活でした。

 西洋医学と東洋医学などという区分けがありますが、僕は西洋医学で助かった人間なんです」

 2年間寝たきりの闘病生活を経て、ベッドから降りると、足に血液が流れるだけで痛かったと言います。

「当時はリハビリルームのことを物療室といいました。ところが、物療師、つまりリハビリをする先生はいなかったのです。ですから、自分でリハビリをしなければなりませんでした。

 通常であれば、ベッドから降りると、車椅子になり、次に歩行器になって、それから松葉杖になって。そして、歩行訓練が始まり可動域訓練を行う。整形外科医的には膝が90度曲がると完治なんですが、正座ができるまでトレーニングをする。運動療法と言って、運動するというトレーニングによって初めて歩けるようになります。階段を上り下りする。坂を上り下りする。そして、平坦な道を走れるようになり、次に砂利道を走り、そして砂の道を走れるようになってくる。でも、当時はそのようなリハビリのステージもなかったのです」

 自らリハビリを行いながら16歳の時に鍼灸師になることを勧められ、赤門鍼灸柔整専門学校に進学します。

「学校で学んだことは東洋理念の『木・火・土・金・水』。それ以外には、東北大学医学部から助教授が講師で来てくれて、解剖学、生理学、病理学なども勉強することができました。また日曜日にはほとんど講習会に参加していました」

 そして、今から31年前の21歳の時、道玄坂鍼灸院に勤め始めます。

渋谷鍼灸治療院 院長 佐藤 直史先生

渋谷鍼灸治療院 院長 佐藤 直史先生

■統合医療の中での鍼灸師の役割――最後の15年は教育に専念したい

 佐藤先生は、2年前から統合医療の講習会を受講し続けています。そこでの体験を踏まえて、現在の鍼灸師の役割について言及しました。

「今のお医者さんは、地域医療を目指しているお医者さんと先進医療を目指しているお医者さんとに分かれてきています。この分かれている時代の中に厚生労働省の免許を持った僕ら鍼灸師がいるわけです。

 先進医療と地域医療の先生達つきあいながら、統合医療の中で安全で安心でより良い診療ができる治療院・治療師が増えていけば凄く良いなあと思うんです。その中を患者さんがうまく循環していくことが理想だと思うんです。そして、まずは医師の同意書がなくても、自主診療で患者さんが来てくれる様な先生に育っていってもらいたい」

 しかし、そのような状況の中、佐藤先生の「時間がもうなくなってきている」と懸念を示します。鍼灸師の現役はマックス45年。その後の15年というのは教育にかけるのが基本だからだと訴えます。

「僕の場合はあと12、3年で現役が終わります。後は教育に専念をしたい。皆さん先生方とたまにお会いして、『どうですか?』と話を聞けるような先生になっていくのが希望なんです。それで大体80歳くらいになります。そこまで行ければ『夢をもって鍼灸やりましたね』ということになりますが、そこまでたどり着かないことのほうが多いのです」

 

(文/青樹洋文 ただいま治療中…)

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