坂の上の治療院と渋谷の未来

 

 渋谷鍼灸治療院は、道玄坂上の五叉路のすぐ側にあります。

 JR渋谷駅の玉川改札から出て、井の頭線手前のエスカレーターを、岡本太郎氏の大壁画『明日の未来』を左手に見ながら「渋谷マークシティ」の3階へ上がり、さらに4階へのエスカレーターを乗り継ぎ、屋内通路を奥に進むと、そのまま道玄坂上にでることができます。

 距離にして600メートル余りありますが、両サイドを賑やかすお洒落なショップや美味しそうなレストラン等に気をとられていると、あっという間にたどり着きます。屋内の通路ですので、雨の日でもほとんど濡れずにすみそうです。

 そこから治療院までは、もう目と鼻の先です。

 他方、驚いてしまうのは道玄坂上は「渋谷マークシティ」の4階と同じ高さにあるということ。高さにして15メート余りでしょうか。「道玄坂上」という地名が示す通り、そこは坂の上。知らず知らずのうちに(途中エスカレーターを3回ほど乗り継ぎますが)、渋谷の街の坂を上まで登りきっていたことにあらためて気がつきます。

■渋谷が村と呼ばれた時代の道玄坂の姿――「勾配は今の倍より急、一雨ふればぬかるみに」

 明治・大正時代の渋谷の街(昔々、その昔には渋谷村と呼ばれていたそうです)の様子や人々の生活を記した『道玄坂』(藤田佳世 著)には、次のような記述があります。

   「当時の道玄坂の道幅は8メートル(4間)にも及ばず勾配も今の倍より急であった。長さは300メートルに余るが中程からゆるく左に折れる。折れた所からは更に勾配の度を増した。従ってこの坂は、人も車も喘ぎながら、左書きのくの字を辿って、やっと登っていくようであった。勿論舗装などしてあるわけもない。柔らかい地肌は一と雨降れば足駄を取られるほどのぬかるみに変わり、時に夕立のような激しい雨がいつとき降っても、荷馬車の轍(わだち)にえぐられて出来た溝を、音を立てて流れ落ちる水が、たちまち坂下の町を水浸しにしてしまうのである」

 「大正7年第一次地区改正で幅を広げ、関東大震災直後に半ばから上を削り取って勾配をゆるめたこの坂は、更に戦後の区割整理で面影もとどめぬまでに坂下駅前の姿を新しくしている」

『道玄坂』(藤田佳世 著)より抜粋

 今の道玄坂は勾配を削ったものであり、かつてはもっと傾きのきつい坂であったことを知り驚いています。そして、そんな急坂にも係わらず、それでも人や荷馬車が往来していたのは、道玄坂が今と変わらぬ重要な商業地であったことを伺い知ることができます。

■2020年から2027年――地上46階建ての新渋谷駅ビル、駅と道玄坂上をつなぐスカイデッキが完成

 明治・大正の時代から、留まることなく変化し続ける渋谷の街ですが、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年、そして2027年までに、また更なる開発が進んでいるそうです。

 まず、東急百貨店東横店の跡地には新しい駅ビルが誕生予定。地上46階建て、高さは228.3m。渋谷駅周辺地区では最大規模の高層ビルとなるそうです。そして、そのビルの屋上全体を使って、広さ約3,000㎡の屋外展望施設も設置予定とのことです。

 同時に、エレベーターやエスカレーターで都市基盤を上下に結び、地下やデッキから地上に人々を誘導するための整備や、駅街区と宮益坂上方面、道玄坂上方面をつなぐスカイデッキの整備も計画されているそうです。

 「坂の風景が消える」ということなのでしょうか。渋谷の街の景観がまた大きく変わろうとしていることは確かなようです。

■他方、2025年人口の3割が65歳以上の高齢者に

 平成18年厚生労働省・委員会報告書によれば、平成37年(2025年)頃までに「ベビーブーム世代」(団塊の世代)が後期高齢者(75歳以上)に達する事により、高齢者(65歳以上)人口は、約3,500万人(人口比約30%)に達すると推計されています。

 10年後、高齢者が3割を占めるであろう人々が、真新しい渋谷のスカイデッキを行き交う光景を思い浮かべながら、この街の未来を、ついつい複雑な思いで見つめている自分に気がつきます。

 そして、荷馬車が行き交っていた時代の道玄坂の情景に、どこか憧憬の念を抱きつつも、常に猛スピードで変化し続けててきたことも渋谷の魅力であり、これからもこの街の開発が停留することなどありえないであろうことにも納得しています。

■ストレスとは自分の心が決めること

 春夏秋冬、季節の変化に合わせて、私達人間の生体リズムもそれに相応して変化していると考えられています。しかし、例えば、夏が異常に暑かったり、それとは逆に冷夏で日射量が少なかったりすると、人体のリズムが崩れ、体調を壊すことにつながってゆきます。

 同じように、生活環境、社会環境、職場環境の急激な変化も、人体のリズムに影響を与えているのでしょう。急速な街の開発もその1つかもしれません。

 私自身、「ストレスで体調を崩した」と佐藤先生に訴えたこともありました。

 すると、先生からはこんなアドバイスをいただきました。

 「人はついつい自分の外に原因があると考えがちです。でもその環境を『いやだ』と感じているのは、その人の心が決めていることでもあるのです。つまり、自分の内に原因があるのかもしれない。そう考えてみるのもよいかもしれません」

 それは、急速に変化をし続ける渋谷の地で鍼灸治療を施し、年齢も職種も属性も様々な1万人を超える患者さんと向き合い、施術してきた佐藤先生の経験から現れた忠言であったことが、よく感じ取れました。

 自分の身体と同じように、自分の心もわからないことばかりです。渋谷鍼灸院の治療を通して、自分自身の身体、そして心と向き合う、そんな機会を頂いているような気がしています。

 どんな場所で暮らすことを選び、どのように社会とかかわりを持つことを望み、どんなふうに自分の心身を大切にすることを試み、どんな医師、そして施術師に治療を求めるのか。

 10年後に3割が高齢者となる日本において、今、そんなことを問われているような気がしています。

(文/青樹洋文 ただいま治療中…)

 

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