2)五感を開き時間軸を遡り患者さんと向き合う~証を立てる

■「挨拶」で患者さんの「虚実」を見極める

 佐藤先生の話は続きます。「鍼灸師にとって大切なのは、患者さんの人間としての形、大きさ、人間性を感じ取りながら施術していこうとする気持ちです。

 もちろん、技術、サービスも重要です。医療面接から始まる鍼灸師としての技術。お客様に相対するサービス業としてのノウハウも大切です。しかしその前に、人間としての患者さんを理解した上で踏み込んでいくことが必要です」

 そして、「実はこれがとても難しい」と強調し上で、佐藤先生はその具体的な方法を解説しました。

 「まず挨拶です」

 佐藤先生の診断は、患者さんと言葉を交わす初めての瞬間、つまり「挨拶」から始まると言います。

 「挨拶するときの表情、声のはり、皮膚の力、気の出かたなどから、多くのことがわかります。元気があるのかないのか、呼吸は浅いのか深いのか、荒いのか荒くないのか、緊張しているのか、リラックスしているのかなどを、挨拶の瞬間に判断します。

 そこで『虚実』が分かれるんです」

■「実症」の人「虚症」の人の話し方

 「虚実」とは、病気の過程における「正邪」の衰退状態をみる物差しのことを言います。

 身体に悪影響を与えて、病気を招く要因になるものを「邪気」(じゃき)と呼び、反対にその悪影響に抵抗し、病気を治そうとする自然治癒力を「正気」(せいき)と呼びます。「虚実」は、この「邪気」と「正気」の闘争の状況を反映しています。

 まず、「邪気」が「旺盛」であることが主な原因となって現われる病症を「実症」(じつしょう)といいます。つまり「正気」はあまり衰退していないのですが、「邪気」が強力すぎるため、「正気」に打克って人体を犯し、人体機能を障害して発病する病症です。「実症」は一過性で比較的激しい症状が現われます。

 次に、「正気」の「衰退」が主な原因となって現われる病症を「虚症」といいます。つまり邪気はそれほど強力ではないのですが、正気の衰退が著しいので、正気は邪気によって容易に犯され、人体機能が減退して発病する病症です。「虚症」の症状は実症ほど激しくなく、慢性傾向を示します。

 佐藤先生は「こんなに単純ではありませんが、簡単に言うと」と前置きをした上で、「実症」の人と「虚症」の人の話し方を実演してくれました。

 「実症」の人は体力や気力が過剰で、声も大きく、顔色も良く、食欲も旺盛。しかし自身の病状には気づいていないこともあるそうです。

 「虚症」の人は一般的に体力や気力、病気に対する抵抗力が弱く、声は小さめ、顔色は青白く、性格もおとなしく、繊細で食も細い、と言われているそうです。

 「おはようございます!」「こんにちは!」「どうも…」

 このような短い言葉の中に、あるいはきちんと声を発することさえできなくなっていた挨拶の瞬間に、「虚実」を見分ける多くの情報が含まれていました。

■四診とは~予約の電話の時点からスタートしている佐藤先生の診断

 中医学では、個々の患者さんを診てその症状に対する治療方針を見定めることを、「証(しょう)を立てる」と言います。その診察法は4つあり、これを「四診(ししん)」と言います。「望診(ぼうしん)」「聞診(ぶんしん)」「問診(もんしん)」「切診(せつしん)」の4つです。

 「望診」とは、患者さんの動作や容姿から、眼光、顔色、皮膚の具合、舌の観察など、視覚によって情報を得ることです。

 「聞診」は、声の明瞭さ、声のはり、問いかけに対する応答などを詳細に検討する。また、体臭や息のにおいなど、聴覚と嗅覚による情報収集の方法です。

 「問診」は、一般的な病歴はもちろん、自覚症状や訴え、こちらの質問に対する答えなどから、診断する方法です。

 そして、「切診」実際に体に触れ、脈を診る「脈診」、腹部を診る「腹診」などを指します。

  挨拶のような短い会話から、すでに「四診」のうちの「望診」「聞診」そして「問診」の一部まで、佐藤先生は行っていることになります。

 ところが、佐藤先生が証を立てるためのプロセスは、診療室での挨拶を交わすよりも前の段階、患者さんの予約の電話の声を聴いた時からスタートしていると言います。その様子は下記のブログにも記しています。ぜひご一読ください。

▽証を立てる

http://shibuya-shinkyu.jp/blog/772/

◎「四診」参照サイト

※田辺三菱製薬のヘルスケア製品サイト

https://www.mt-pharma.co.jp/healthcare/school/medicine06.html

■時間を遡り患者さんに注がれる決め細やかな視線

 挨拶の後も「問診」続きます。この時、治療師は患者さんを取り巻く様々な状況を見極めた上で言葉を交わすことが必要だと、佐藤先生は強調します。

 「患者さんの社会的な状態、家族形態、現在の仕事の内容、人間関係など、ある程度把握した上で会話をする必要があります」

 佐藤先生の視点は時間を遡り、患者さんの生い立ちにも注がれます。

 「1930年生まれの方は、戦争を生き抜いてきた世代。戦禍の中で多くの死が身近にあった時代に『生きる』ということを、身をもって体験した人たち…」

 「1940年生まれの方は、一番食べたかった成長期の時代に、食糧難で食べられなかった世代…」

 患者さんがこれまで辿ってきた人生を過去へと辿り、その方が生きてきた時代背景や社会環境の変化とともに、患者さんを静かに見つめるという視線を、佐藤先生は常に持っています。

 まるでタイムマシンに乗って患者さんのこれまでの人生を、側でそっと見続けてきたのではないか、と感じることさえあります。

 また、佐藤先生の目線は家族形態にも注がれます。大家族の中で社会との係わりを学んだのか、核家族のような小さい家族の中で育ったのか、大家族ではないけれども、両親が暮らす実家の側に住み、出産と共に育児を助けてもらえる環境だったのか等々。

 さらに、カルテには家族暦に加え、社会暦という項目もあるとのことです。

 「どんな仕事をしているのか。今の状態はどうなっているのか。大卒で入社したのか。高校卒業して会社に入ったのか。それとも専門学校を卒業して専門職として入ったのか。たとえ年齢が同じであっても、入社時の状況によって、社歴は違ってきますし、仕事の内容も違うでしょう。大学を卒業して一般職ではいった人と専門職になった人では、職場におけるプレッシャーも違う。年収も異なってくるでしょう」

 そのような患者さんの状況についても知らなければ、患者さんのための治療にはならないと佐藤先生は言います。

 そして、この木目細やかな探索が、個々の患者さんを診てその症状に対する治療方針を考えること、つまり「証(しょう)を立てる」ために必要だと、佐藤先生は言います。

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