6)鍼灸とは「人が明日に向かって生きていくための身体の方向付け」、鍼灸師は「気血の滞りに立ち向かっていく信念のある人」

 

 佐藤先生は続けます。

 「一番良いのは、患者さんを目の前にして、自分が触診なりなんなりした上で、カルテをとっている状況で、その患者さんが本当のことを言っているのか、嘘を言っているのかを判断できることなんです。患者さんの訴えをきっちりと聞き入れて、ちゃんと診切れるか。それができなければ、治療は始まらないんです」。

 佐藤先生は、最後にこんな言葉で話を結びました。

 「鍼灸って何なんだって言えば、その人がその生活していくための、身体の方向付けだと思うんです。その人が明日に向かって生きていくための身体の道筋を、経絡という流れの中にある経穴(つぼ)に鍼を打つことで、気血(きけつ)の滞りをよくしていくということ。それが出来る人が鍼灸師なんです」

 「それに立ち向かっていく。その滞っているものを解除していくという信念がある人が鍼灸師としてやって行くんです」

 気(き)、血(けつ)とは何を意味するのでしょうか。『東洋医学概説』(長浜美夫 著)では、次のように解説しています。

 生活体の基本となるものは「気」(き)と「血」(けつ)であって、この調和によって生命現象が成り立っていると見なされているのである。  「元気がない」「元気を出す」とか、「血気ざかり」「血気にはやる」などという今日の慣用語は、この気血思想から出た言葉である。(略)

『東洋医学概説』(長浜美夫 著、1961年)

『東洋医学概説』(長浜美夫 著、1961年)

 気というものは、まず出生とともに受けた先天の気(元気)として、生命現象の根源となり、これがやがて血を生じ、さらに後天の気となって、呼吸、循環、消化、排泄作用などによって、生命維持のための基本的新陳代謝をつかさどり、一方種々の調節作用、防御作用を主宰して、病患からまもるとういことまで負わされているのである。(略)

 このようなことを総合すると、血は、いわゆる血液ばかりでなく、リンパ液、組織液を含めた体液を総称したものと考えたほうがよく、また気は、この体液(血)の運行をつかさどっているものと解しておいた法が適切であるようである。  ヨーロッパ(とくに、ドイツ、フランス)の東洋医学研究者の間では、気というものをエネルギーと訳している。

『東洋医学概説』(長浜美夫 著、1961年)より抜粋

 気は「生命活動の根源をなすエネルギー源」、血は「血液ばかりでなく、リンパ液、組織液を含めた体液を総称したもの」と捉えてよいのではないでしょうか。

 また、経絡とは、人体の中の気や血などといった生きるために必要なエネルギーの通り道のこと。そして、この通り道の途中途中に経穴(ツボ)があり、お互いが経絡で繋がり影響しあっています。

 「鍼灸とは、その人が明日に向かって生きていくための身体の方向付け。その身体の道筋を、経絡という流れの中にある経穴(つぼ)に鍼を打つことで、気血の滞りをよくしていく。そして、鍼灸師とはその気血の滞りに立ち向かっていく信念がある人」

 鍼灸を通して、患者さんの身体と真摯に向き合う佐藤先生の「誓い」ともとれる、このような言葉を伺い、あらためて私は、自分の身体の状態を見つめなおすとともに、「これからどう生きようとしているのか」という針路をあらためて確認する機会を頂いています。

 皆さまもぜひ、自分の身体と未来に思いを馳せる貴重な時間を、渋谷鍼灸治療院で作ってみてはいかがでしょうか。

(取材・文/青樹洋文 ただいま治療中…)

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