佐藤先生の治療を、「ピットイン」のようだと感じたことがあります。
※ピットイン(2008年10月8日 | 鍼灸通院ブログ)
ピットインとは自動車レースの途中で、給油やタイヤ交換、さらには車の状態を素早く点検をし、故障や事故により傷んだパーツのがあれば、すぐに修理・交換するためにレーシングコースの脇に設けられたスペース。0.1秒を争うレースの中、優秀なメンテナンススタッフが、これら全ての作業を目にも留まらぬ速さで行うと、車は再びけたたましいエンジン音を鳴り響かせてコースへと戻っていくのを、何度もテレビで見たことがあります。その間、僅か数10秒くらいの出来事でしょうか。
急激な変化によって、様々なストレスに見舞われる現代社会に生きる私たちも、この自動車レースを駆け巡るレーシングカーと同じような状況にあるのかもしれません。
しかし、体調が悪いからといって、すぐに休むことができないこともあります。また、治療をするにしても、長い時間を掛けることが難しい場合もあるでしょう。できれば短時間で的確な処置をしたいと、多くの方が望んでいるのではないでしょうか。
佐藤先生の治療院は渋谷道玄坂にあります。会社経営者やサラリーマン、学生や主婦、トップアスリートから、ゼロ歳児、そして90歳を越えた後期高齢者まで、多種多様な人々が行きかう街です。当然、渋谷鍼灸治療院にも様々な患者さんが訪れています。治療院のローブに着替え、ベッドに横たわり、治療を受けてほっとしたのも束の間、また治療院のドアを開け、渋谷の喧騒へと戻ってゆきます。
さて、佐藤先生の治療で驚くのは、ベッドに横になった患者さんに問診を行ってから、実際に鍼を打ち始めるまでの速さです。しかも、早いだけでなく、痛いところを、病んでいるところを、的確に治療していただいたという爽快感、安心感もあります。
なぜ、こんな治療が可能なのでしょうか?
先日、渋谷区内で、鍼灸師、柔道整復師、あん摩マッサージ指圧師などとして活躍されいてる若い先生方にワークショップを行った際に、佐藤先生が最初に説明をしたのは、脈診の大切さでした。
「大きく言えばだよ」と念を押した上で、佐藤先生は次のように解説しました。
「脈状で人の身体のタイプを『督脈』『任脈』『帯脈』『衝脈』と大まかに分ける… この分類で何が分かるかというと… 督脈の人は前・後屈運動ができない、帯脈は回旋運動がしずらいです。任脈っていう人は身体が広がらない、前に伸ばせません。衝脈の人は立ち上がるのが厳しい、力がでない…」
佐藤先生はホワイトボードを使いながら説明した後、側にいた若い先生の脈状を診てこう言いました。
「今、督脈。彼は腰痛持っていることがわかる。右側の斜角筋、腸腰筋の左側が緊張を起こしていることを確認しながら、『今日、腰が痛いのはどうですか?』と聞くわけです」
施術者が脈診によって患者さんは腰痛であることが既に分かっている状態で、患者さんが「腰痛です」と、それを認めてくれたかのように言ったとする。すると次に、「痛いのは右の腰ですか?、それとも左ですか?」と次の段階に進める。しかし、これも右と左の脈状の違いによって確認することができると、佐藤先生は言います。
このように、施術者のほうが症状を確定した状態で、患者さんの言う症状を聞き入れて、治療の形を決める。こうすることで、診断に一歩、二歩先んじることができ、スピード感のある治療が可能になると、佐藤先生は強調します。
「早めのステージで、患者さんの状態を分かってあげること。患者さんは、確実に触ってもらいたいところを触ってもらうこと、診てもらいたいところ診てもらうことで、安心することができるのです」
私にとっては、ただただ「ドクッ、ドクッ、ドクッ」と打っているだけにしか感じられない脈に、身体の状態を表す様々な情報が含まれていることを知り、正直驚きました。
『脈診入門―六部定位脈診法』(山下詢著)の中に、「脈は人なり」と題した章に、次のような記述があります。
ずいぶん古い話であるが、まだ若い女の患者を脈診しながら、「あなたは胃腸が弱いですね、しかし、なかなか頑張り屋さんで、自分の体力以上のことをいつもやっているでしょう。だから、周期的にガックリバテちゃうんでしょう。静かにジッとしておれない性格なんですね」(脾虚肝実証)といったら、「先生、脈でわかるんですか」と尋ねるので「うん脈でわかるんですよ」と答えた。そしたら翌日夫婦で来院した。「今日はご主人も治療ですか」ときくと、「いいえ治療じゃないんです。今日は、私達2人の脈を先生に診てもらって、相性がどうか占ってもらおうと思って、主人を連れてきたんです。実は私達には離婚話がもちあがっているんです。先生の脈診で相談にのっていただきたいのです。お願いします」といわれえびっくりもし、当惑もした経験がある。ともかく脈は体質と性格を表しているから面白いものである。
『脈診入門―六部定位脈診法』(山下詢著)より抜粋
ところで、佐藤先生の脈診は、単に診断の目的だけでなく、他にも大切な役割も果たしていたのでした。
(続く)