治療院のベッドに横たわると、すぐに佐藤先生の脈診が始まりました。
おなかの上あたりに軽く曲げられた状態で置かれた私の両腕の脈を、佐藤先生の指が捕らえます。人差し指、中指、薬指と三本の指の腹が、静脈の上に確実に置かれたのがわかります。最初は軽く、やがて少し強い圧がかかります。すると、先生の指のセンサーに反応するかのように、私の脈が反応し始めるのです。
ドクッ、ドクッ、ドクッ…
まるで、自分の血管が佐藤先生の指と一本につながり、その指を通して私の血が佐藤先生の身体に流れ込んでいるような、ちょっと不思議な感覚に包まれることもあります。「自分の脈がちゃんと先生に伝わっている」。そんな安心感と言ってもいいのかもしれません。
ある日、15歳の女子中学生が両親と共に、治療院を訪れたときのことです。彼女の脈診を行った佐藤先生は、「眠っているような脈だねえ」と言ったのです。女子中学生はちょっと不服そうな声で、「えっ…ちゃんと寝てますけど…」と答えました。
ところが、治療が進むにつれ心を開き始めたのか、彼女はこんなことを語り始めたのです。最近、海外から帰国したばかりで、時差の関係もり、夕食をとった後一度寝て、深夜0時過ぎに再び起きて受験勉強をしているとのことでした。
後日、私は佐藤先生に「眠っているような脈」とはどのような脈状なのか、お聞きしました。
「その時の脈状は、陽蹻脈(ようきょうみゃく)といって…… 基本的には食道、胃体部に関係して…… 胃のぜん動運動が悪く、ストレスなどで胃の収縮が悪いような状態の脈。それに加えて、脈状が薄くて、緩やかになっている場合は、睡眠とっている脈状です」
脈拍や脈圧などはもちろんのこと、身体に関する様々な情報を得ることができる脈診ですが、しかしその効果は診断だけではないと、佐藤先生は強調します。
「自分の温度を分かってもらうこと。患者さんの温度もわかる。すごくよいコミュニケーションになります」
受験勉強で昼と夜の時間帯が反転してしまって、眠ったような脈の女子中学生。趣味は乗馬とのこと。
そんな、彼女に佐藤先生は、かつて競走馬に鍼治療した経験を語り始めました。
「こんなにでかいケツしてさ。ブヒヒヒッだって。鼻息かけられたよ」
治療ベッドのカーテンの向こうから、楽しそうに笑う少女の声が聞こえてきました。
(文/青樹洋文 ただいま治療中…)