道玄坂鍼灸院の院長であったU先生について、佐藤先生は次のように思い返しました。
「U先生はもともとは診療放射線技師(※1)でした。また、療術師(※2)の技術も取得した上で、病院関係に勤めていた方でした。その後、鍼灸の効果に気付き、鍼灸師の免許を取得して開業されました。つまり、西洋医学と東洋医学の両方をコントロールできた方なのです」
U先生は診療放射線技師としての経験を、鍼灸に活かして治療を行っていました。
「レントゲンによるバリウム検査で、胃の中の動きをずっとみていた方です。『鍼を打つと内蔵が動く』『背骨を調整することで、内蔵の動きもよくなってくる』というようなことを、常日頃から実践されていました」
■鍼灸治療と脈診・問診・触診のデータ、そしてレントゲン写真を約200人照合研究
そんなU先生の治療は、佐藤先生に影響を与えます。
佐藤先生が道玄坂鍼灸院に勤め始めて4、5年目のことです。治療においてどうしても分からないことがあったそうです。そこで、U先生が背骨を診た時の患者さんのパターン、鍼灸師の先生が脈診や問診、触診をしたときのパターン、そしてレントゲン写真の状況、この三つのデータを約200人の患者さんで照らし合わせるという研究を、佐藤先生は行ったそうです。
その時の体験については、下記のブログで著しています。ぜひあわせてお読み下さい。
■カイロプラクティクと鍼をミックスした施術
さらに、U先生はパーマー系のカイロプラクティク(※3)と鍼をミックスした施術を行っていました。
「U先生は、西洋医学と東洋医学の両方をコントロールでき、鍼灸と整体・カイロプラクティックを施せた、それまでとちょっと違う、新しいタイプの鍼灸師だったのです。ぼくはそんな環境の中で勉強させてもらったんです」と、佐藤先生はその当時を回想していました。
(※1)診療放射線技師とは
病院・診療所などの医療機関において放射線を用いた検査・治療を業務とする、国家資格を有する医療職である。コ・メディカル(医師・看護師以外の医療従事者)の一種。
(※2)療術師とは
電気・指圧・温熱・刺激・手技療法による医療類似行為を業とする職業で、鍼灸師、あん摩、指圧・マッサージ師、柔道整復師以外のものをいう。行政管理庁(日本標準産業分類)昭和59年1月改定の8759その他の療術業に「温熱療法、光熱療法、電気療法、刺激療法などの医療類似行為を業とする者の施術所及び出張のみによりその業務を行う者の事業所をいう」と記載されている。
(※3)カイロプラクティクとは
1895年に米国でD.D.(ダニエル・デビッド)パーマーにより創始された自然療法。背骨を中心に骨格のゆがみを手技で調整することにより、神経の働きを高めて健康を回復させるヘルスケア。
WHO(世界保健機関)の定義では、「筋骨格系の障害とそれが及ぼす健康全般への影響を診断、治療、予防する専門職である。治療法として手技による関節アジャストメントもしくは脊椎マニピュレーションを特徴とし、特にサブラクセーション(関節の動きが低下して神経の働きが妨げられている個所)に注目している」とされている。
カイロプラクティクは造語で、ギリシャ語で「カイロ」は「手」、「プラクティック」は「技術」を意味する。
パーマーは、自分の治療法について、1895年9月18日にハーヴェイ・リラードに行った治療を例にして、著書『カイロプラクティックの科学・技術・哲学』で次のように述べている。
「ハーヴェイ・リラードは、私の診療所があるライアン地区で守衛をしていたが、耳が聞こえなくなった。馬車がとおりを走る音も、自分の時計の針の音も聞こえなかった。私は、このような状態になった経緯を知ろうとした。というのも、彼は、体を無理に曲げ窮屈な姿勢をとった時、背中で何かが押し粒つぶされるように感じ、その直後に耳が聞こえなくなったと私に語ったからである。診察の結果、椎骨が正常な位置から押し出されていた。私は、椎骨を正しい位置に戻せば、彼の聴覚機能は回復すると考えた。(略)私は棘突起を梃子にして、椎骨を正しい位置に戻した。その直後に、彼の耳は以前のように聞こえるようになった。これは、偶然によるものではなく、意図した目的を達成したからであり、期待した結果が得られたのである」
(『カイロプラクティック テクニック教本』ヘンリク・ジーモン著、中川貴雄監修他、より抜粋)