3)「症状」を診るのではなく「人間」を見るということ

■「八網分類」を遡(さかのぼ)る

 佐藤先生は「大枠ではありますが、最低限必要な考え方」と前置きをした上で、「証(しょう)を立てる」ための基礎となる「八網分類」という考え方を解説しました。

 「『虚(裏)』と『実(表)』があって、その中に『陰(寒)』と『陽(熱)』がある。さらにまたそれぞれに『陰(虚)』『陽(実)』があります。つまり、この道を通ってきた『実(陽)』と、この道を通ってきた『実(陽)』とは違うとういことです」

 そう言って、佐藤先生は「八網分類」という考え方の大枠となる図を描きました。

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 そして、八網分類の最下段に書かれた8つの文字を示しながら、佐藤先生はこう解説しました。

 「『陽(実)』の症状も4つ、『陰(虚)』も4つあるわけです」

 「これがなんの「陰」と「陽」だったのか?本当のことは、患者さんの過去をせり上がっていかないとわからないわけです」

 患者さんの過去を見つめてきたかのような佐藤先生のまなざしは、この八網分類をも遡っていたのでした。

■八網分類とは

 漢方(中医学)において「証」を立てる際には、「病気の位置」をあらわす「表証・裏証」と、「病気の性質」をあらわす「熱証・寒証」、そして、「病気の勢い」をあらわす「実証・虚証」というように陰陽分類がなされます。

◎病気の部位についての区別――「裏」・「表」
 「証」の構成に、病の「表裏」、つまり病が浅いところにあるのか、深いところにあるのか、ということを調べる概念があります。  まず、身体を「陽」の部位と「陰」の部位に分けて考えます。背と頭や顔などの上が「陽」、胸や腹などの下が「陰」となります。  また、身体の内側、消化器や循環器など内臓のが「陰」で、皮膚、毛髪などはの外が「陽」。陽の部位を「表」と呼び、陰の部位を「裏」と呼びます。

◎病気の性状についての区別――「寒」・「熱」
 「寒熱」というのは病の性質です。冷えの病と熱の病があるという発想です。  顔色が青白く、沈衰的で、手足の冷えるような人は「陰」で、顔色が赤く、興奮的で、熱状をおびる人は「陽」となります。  同じ感染症にかかっても、「陰」のタイプの人は、寒気を強く感じ、発疹も色がうすく、痰が出る場合もうすい痰のことが多くなります。  一方、「陽」のタイプの人では、高い熱が出、身体がほてり、赤い大きな発疹が出たり、痰も濃い痰が出ます。  このように、陰の人と陽の人では、病気の性質が変わってきます。「陰」の人の病性を「寒」とし、「陽」の人の病性を「熱」として区別します。

◎病勢についての区別――「虚」・「実」
 「虚実」というのは病の趨勢、勢いです。病に抵抗する力を「正気(せいき)」、病が身体にはいった状態を「邪気(じゃき)」と言います。「正気」が「邪気」よりずっと多い場合は「実」。その逆で「邪気」が「正気」に勝っている場合は「虚」となります。  筋骨薄弱な虚弱体質の人は、病気に対する抵抗力も乏しいから、病状は必ずしも激しくありません。他方、いつまでも治りにくく、予後も芳しくない場合が多くなります。このような人は「陰」であり、「虚」と呼びます。  反対に、筋骨たくましい頑丈な人は、病気と激しく戦い、症状はいっけん重篤に見えるが、やがて時がくれば治りやすい。このような人は「陽」であり、「実」と呼びます。

 この3項目について分類していくと、結局、「証」の組合わせとしては8つできます。「表熱実」・「表熱虚」・「表寒実」・「表寒虚」・「裏熱実」・「裏熱虚」・「裏寒実」・「裏寒虚」の8つです。これを「八綱分類」といいます。

◎参照
田辺三菱薬品のヘルスケア製品サイト

クラシエ薬品の医療用医薬品ウェブサイト

『鍼の力』(藤本蓮風著/緑書房)

■『陽』も4つ、『陰』も4つ~患者さんが訴えている症状から、八網分類をせり上がる

 八網分類の図の8つの症状、「表熱実」「表熱虚」「表寒実」「表寒虚」「裏熱実」「裏熱虚」「裏寒実」「裏寒虚」を示しながら、佐藤先生はこう説明しました。

 「つまり『陽(実)』の症状も4つ、『陰(虚)』も4つあるわけです」

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 「一般の方にはわかりにくいでしょう。『この人、弱っているはずなのに、なぜこんなに強いんだ』。たとえば『眠れないけど疲れていない』とか。もしくはその逆で、『この人強がっているのに、なぜ弱っているんだ』と思うこともあるでしょう」

 「これがなんの「陰」と「陽」だったのか?本当のことは、患者さんの八網分類をせり上がっていかないとわからないわけです」

 そう言うと、佐藤先生は図表の下に「診ている状態」と記し、そこから図表の上の「『本人』⇔『症状』」と書かれた位置まで遡る矢印を書き加えました。

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 「家庭環境なのか?生まれつきなのか?どここから治していくか、と言っても、八網分類の下からは治せない。ここの八網分類の上に本人がいるわけだから」

■五感を駆使しして診断を行うことの大切さ

 証を立てるため、望診、聞診、問診で得た情報を、実際に患者さんの身体に触れて確認をして行きます。切診といわれ、腹診、脈診などがあります。

 佐藤先生は私の脈を診て、こう言いました。

「脈が弱いからといって、心臓が弱いかといったらそうでもない。もしかしたら骨髄の問題なのかもしれないし、血が出来上がっていなのかもしれない。もしくは、肺でちゃんと呼吸をしていないがために心臓が弱いのかもしれない」

 (脈状を診てここまでのことがわかるのか)と私が驚いているのも束の間、佐藤先生は「脈状、そして対話でだいたいのことがわかる。症状は患者さんが言ってくれるわけですから、後は四診で確認してゆくんです」と述べ、施術者は五感を駆使しして診断を行うことの大切さを強調しました。

■「症状」ではなく「人間」を診る

 佐藤先生は次世代を担う先生方に、最も基本的なことだとして、次のことを強調しているといいます。

「患者さんは、どこかの調子が悪くて治療院にいらっしゃいます。でも、『その症状を持った人』だと思って診ること。つまり人、人間を診ている状態にならなければならない。でも、みんな症状を診ようとする。これは、診られるほうには違和感があります」

 そういうと佐藤先生はあらためて私と向き合い、

「私はあなたを観ている。あなたが痛いというところに鍼をうち、気血の流れをよくしているだけなのです。でも、これが『症状を観る』となったら、別になってしまう。身体にヒルでもついて、それを観ているようなもの。だから、違和感が生まれるのです。患者さんにも施術者にも」


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