■渋谷鍼灸治療院院長・佐藤直史先生インタビュー(2)
~ 次世代の鍼灸師に託す未来を創る
――症状ではなく人間全体を見る
渋谷鍼灸治療院の院長である佐藤直史先生にお話しをお聞きしています。「気持ちの上では引退宣言」をされた佐藤先生の言葉は、次世代の鍼灸師に託す未来を創るために、自身の体験から漢方理論まで多岐にわたりました。
目次
■「気持ちの上では」引退宣言に込められた決意表明
「鍼灸師の現役は最長で45年と言われています。その後の15年は教育にかけるのが基本なんです」
2015年4月、渋谷鍼灸治療院で行われた第一回講習会の冒頭に、佐藤直史先生が語った言葉です。
1981年18歳の時、佐藤先生は知人から鍼灸師になることを勧められます。赤門鍼灸柔整専門学校(仙台)に進学し、3年後の1984年に卒業。21歳で道玄坂鍼灸院に就職し、鍼灸師として働き始めました。
それから7年後の1991年、27歳の時に独立し、渋谷区桜丘で渋谷鍼灸治療院を開業。1996年に道玄坂に移転し現在に至ります。今年2019年で鍼灸師になって35年が経ちました。
「やはり鍼灸氏の現役は45年くらいでしょう。後10年ですからね。今からやっておかないと」
自らの経歴を振り返り、未来に視線を送る佐藤先生は、こう続けます。
「これまでは社会と鍼灸との係わりの中で、自分の生活の流れを保つ努力を続けてきました。気持ちの上では、僕はこのことからは引退しようと思っています」
この佐藤先生の「気持ちの上では」引退宣言は、残された10年という現役鍼灸師の時間の中で、次世代の鍼灸師の先生達に託す未来を創っていこうとする決意表明でもありました。
■時代の流れをとらえ、未来へ視線を送る「並列年表」
佐藤先生は説明をする時、「並列年表」のようなものを書くことがよくあります。横軸には10年代ごとの時間軸が刻まれ、縦軸には「社会」「鍼灸界(医療界)」そして「自分」というような枠が設けられた、表組みの年表です。
10年毎に政治、経済、社会に関する主な出来事を、そしてその上に鍼灸・医療界における変化や歴史的な発明などを、さらにその上には自身の鍼灸師としてのキャリアなどを、佐藤先生はひとつひとつ確認するかのように年表に記してゆきます。やがて、これらの要素を通して、この時代を取り巻く環境がどのように変化してきたのかが、一覧で想起きるような「並列年表」が出来上がります。
この年表は、社会と鍼灸の業界との係わり合いのなかで積み上げてきた自身の経歴と時間の流れを振り返り、その上でこれから現実に起こるであろう未来の出来事を先見する入り口なのかもしれません。
■『鍼灸専門治療院』で鍼灸本来の治療ができる鍼灸師を育てる必要性
厚生労働省が発表した「平成 28 年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」によると、平成 28 年(2016年)末現在の就業はり師は 116,007 人で、前回(平成26年)に比べ 7,470 人(6.9%)増加。就業きゅう師は 114,048 人で、前回に比べ 7,406 人(6.9%)増加しているとのこと。
また、「はり及びきゅうを行う施術所」は 28,299 か所で、前回(平成26年)に比べ 2,854 か所(11.2%)増加。鍼灸師も施術所も共に増加傾向にあることが分かります。
ちなみに日本国内店舗数第一位のコンビニエンスストア、セブンイレブンの店舗数は平成28年度で19,422店舗とのこと。つまり数字の上では、セブンイレブンの店舗よりも「はり及びきゅうを行う施術所」のほうが、45%余りも多いことになります。
しかし、「町中でセブンイレブン以上に鍼灸の施術所を目にする」というような経験がある方は、あまりいらっしゃらないのではないでしょうか。
佐藤先生は、次のような見方を示しました。
「鍼灸専門の治療院は、開業された先生が一人で施術をされているところが多い。治療師の先生の『一人体制』です。当院(渋谷鍼灸治療院)のように、「治療師と院長」という複数体制で行っている鍼灸専門治療院は今ほとんどありません。残念ながら今後そのような治療院が新たに出てくる可能性は少ないだろうと思います」
佐藤先生は続けます。「では、この『一人体制』、いわゆる『一匹狼』のスタイルの治療師に、今後患者さんがついていくことになるのでしょうか?
複数の治療師によって施術している治療院もありますが、上に立つ先生と同じように、師事する治療師の先生方も高齢化しています。上の先生が亡くなられて、当院に回って来られる患者さんもいらっしゃいます。
他方、学校で勉強をされて新たに鍼灸師の免許を取得された先生方は、ほとんどが病院やマッサージ店等に勤めるようです。
つまり、鍼灸本来の治療ができる治療師を、鍼灸の『業界』のなかで育てることができていないのです。治療師を育てるのであれば、責任を持って診療できる『鍼灸専門治療院』という環境を、時間を掛けて体系付けていかなければなりません」と、佐藤先生は訴えます。
■「今、渋谷鍼灸治療院にはいい若い先生たちがいる」
佐藤先生は年齢ともに、長時間連続して複数の患者さんを治療することが難しくなってきているとのことです。また、患者さんへの施術によって先生の全身の骨の屈曲、変形が始まっていることも明かしました。
「だからと言って、何ができなくなるわけではないのですが」と笑顔で話す佐藤先生は、再び自ら記した並列年表に視線を落としました。
「自分だけのことであれば、僕も『一人治療院』になればいいのです。でも、自分だけのことではない気がするのです」と語りました。
「僕が終わったら、治療院も終わりでは済まないと思うんです」
次世代の鍼灸師に託す未来を創る、佐藤先生の新たな10年が始まりました。
■「技術」や「サービス」の良し悪しではなく、「人」で評価される「鍼灸師」
「次の時代を担う鍼灸師には、飛び越えなければならないものがある」と、佐藤先生は指摘します。
まず、鍼灸師に求められる「能力」を佐藤先生は三つに分類しました。「鍼灸医療に対する技術」、「患者さんから診療費を頂くためのサービス業としてのサービス」、そして「人間としての能力」の三つです。
その上で、「どんなに『技術』があっても、どんなに『サービス』が行き届いていても、どんなに『人間的』に優れていても、鍼灸師はやはりどこかで患者さんからの批評を受けることになります。良い先生というのは、この三つがうまく重なっているのです」と解説しました。
続けて佐藤先生は、患者さんが持つ「見る目」についても語りました。
「鍼灸氏を評価する『物差し』を持っていない患者さんには、実は『技術』や『サービス』の良し悪しがわからない場合が多いのです。
その一方で、患者の皆さんが持っているのが『人を見る目』です。それは鍼灸師という『専門家を見る目』ではありませ。社会の中で人との係わり通して培われた『人を見る目』です。鍼灸師はこの目にかなわなければいけないのです」